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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)12560号 判決

主文

一  被告は、別紙目録記載の商品を製造し又は販売してはならない。

二  被告は、その所有する前項の商品を廃棄せよ。

三  被告は、原告らに対し、それぞれ一〇万円及びこれに対する昭和六一年一〇月八日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らのその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、これを一〇分し、その五を原告らの、その余を被告の各負担とする。

六  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

七  被告が、各原告に対し、右三の各認容額の担保を供するときは、右三に限り、仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一及び二と同旨

2  被告は、原告らに対し、それぞれ一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱宣言(仮定的)

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告らは、訴外株式会社フジテレビジョン(以下「フジテレビ」という。)が昭和六〇年四月一日から放映したテレビ番組「夕やけニャンニャン」の中で呼び掛けて募集したテレビタレントであり、「おニャン子クラブ」と命名されたタレント集団に属し、同番組に出演することにより、その氏名、肖像は、日本国内に広く知られるに至ったものである。

2  被告は、昭和六一年九月下旬ころから、別紙目録記載の商品(以下「被告商品」という。)を製造販売している。

3  被告の右2の行為は、次のとおり、原告らの権利を侵害するものである。

(一) 財産権としての氏名・肖像を利用する権利(以下「氏名・肖像利用権」という。)の侵害

俳優、テレビタレント等の有名人は、社会的評価、名声、社会的印象を有しており、その氏名や肖像が、商品等の宣伝に利用されることにより、その商品の販売促進に望ましい効果を収めうる場合がある。このように、右のような者の氏名、肖像は、大衆を引きつける顧客吸引力を有し、その顧客吸引力のゆえに、その氏名、肖像は、それ自体が経済的または財産的価値を有するものといいうるから、一種の財産権であるといえる。そして、その帰属主体は、その氏名、肖像の主体であるから、当該氏名、肖像を商品等に使用するものは、右の主体の有する財産権を利用するものであり、これによる利益は、その権利の主体に帰属すべきものといえるのである。

原告らは、前記1の地位を有するに至ったことにより、自らの氏名、肖像について、右の財産権を取得するに至ったものであるところ、被告の前記2の行為は、カレンダーという商品に被告らの氏名、肖像を表示して使用したものであるから、原告らが有する財産権としての氏名・肖像利用権を侵害したものというべきである。

(二) 人格権としての氏名権、肖像権の侵害

原告らは、人格権の一内容として、自己の氏名、肖像をみだりに使用されないことを内容とする権利を有している。したがって、被告の前記2の行為は、カレンダーという商品に原告らの氏名、肖像を表示して使用したものであるから、原告らが有する人格権としての氏名権、肖像権を侵害したものというべきである。

(三) 不正競争防止法一条一項一号違反

フジテレビは、前記1のとおり、原告らがフジテレビの主催するタレント集団に属するものとして広く知られるに至り、原告らの人気が高まった昭和六〇年末から同六一年にかけて、原告らの氏名、肖像に関する商品化権許諾業務を始めた。すなわち、フジテレビは、原告らから委託を受けた各所属プロダクションからの再委託を独占的に受け、原告らの氏名、肖像を商品に使用することを希望する業者に対し、特定の商品ごとに、原告らの氏名、肖像を使用した商品の製造販売を許諾し、その対価として、最低保証使用料を徴収するという内容の契約を締結したものである。この契約によって許諾を受けた業者(以下「被許諾業者」という。)は、原告らの氏名、肖像を使用した商品を独占的に製造販売することにより、原告らの氏名、肖像は、被許諾業者の商品であることを示す表示として広く知れ渡るに至った。そして、被告の前記2の行為は、被告商品が被許諾業者の商品であるかのような混同を生じさせるものである。原告らは、被告の前記2の行為により、被許諾業者の売上が減少したことに基づく収入の減少、スタータレントとしてのイメージの低下等、営業上の利益を害された。

4  原告らは、右3の各権利侵害等に基づき、被告に対し、次のとおり、前記2の行為の差止めを求める権利を有するので、これを選択的に請求する。

(一) 氏名・肖像利用権侵害に基づく差止請求

氏名・肖像利用権は、前記のとおり、財産的な権利ではあるが、侵害の対象が原告らの氏名、肖像という被侵害者に固有のものであること、侵害者が商品又はその宣伝において、当該氏名、肖像の利用を禁止されることによる不利益と、被侵害者が氏名、肖像を無断で利用されることにより受ける不利益とを比較衡量した場合には、前者は、商品自体の販売は何ら制限されるものではないのに対し、その侵害による損害額の算定をすることは実際には困難であり、無断利用を禁止しえないとすれば、この権利は実質的に無に帰するおそれがあることなど、後者の不利益の方が大であること等を考慮すれば、単に金銭賠償にとどまらず、差止請求をも認めるのが相当である。

(二) 人格権侵害及び不正競争防止法一条一項一号に基づく差止請求

人格権としての氏名権、肖像権という固有の排他的権利が侵害された場合に、その侵害行為の差止請求が認められるべきこと及び不正競争防止法一条一項一号に基づく差止請求が認められることは明らかである。

5  損害賠償請求

被告の前記2の行為は、被告の故意又は過失に基づくものであるところ、原告らは、前記3の各権利侵害等に基づき、次のとおりの損害を被ったので、被告に対し、選択的に、各損害のうちそれぞれ一〇〇万円の支払いを求める。

(一) 氏名・肖像利用権侵害に基づく損害

フジテレビは、原告らから委託を受けた各所属プロダクションからの再委託を独占的に受け、原告らの氏名、肖像を商品に使用することを希望する業者に対し、特定の商品ごとに、原告らの氏名、肖像を使用した商品の製造販売を許諾する業務を行っていたものであるが、被許諾業者に対し、原告らの氏名、肖像を商品に使用することを許諾する場合には、「販売単価×最低責任数量(現実の販売数量にかかわらず、最低限支払うべき使用料を算出するために取り決めた数量)×使用料率」の算式によって最低保証使用料を算出し、これを被許諾業者から徴収する旨の契約を締結していた。そして、この最低保証使用料から必要経費(一〇パーセント)を控除し、その残額の六〇パーセントの六分の五が原告ら、六分の一がその所属プロダクションに支払われていたところ、カレンダーの製造、販売を被許諾業者に対して許諾する場合、販売単価は一二〇〇円、最低責任数量は五万部、使用料率は一〇パーセントであるから、右の算式に従って原告らが支払いを受ける金額を計算すると、それぞれ二七〇万円となる。被告は、フジテレビと右の許諾契約を締結することなく、すなわち最低保証使用料を支払うことなく前記2の行為をしたものであり、原告らは、その氏名、肖像を使用される場合には右の算式によって算出された金額の支払いを受けることができるはずであったのにもかかわらず、その支払いを受けられないまま、被告の前記2の行為により、その氏名、肖像を使用されたのであるから、右の金額が原告らの被った損害の額となる。

(二) 人格権侵害に基づく損害

原告らが有する人格権としての氏名権、肖像権を侵害されたことによって受けた精神的損害は、それぞれ一〇〇万円を下らない。

(三) 不正競争防止法一条一項一号及び一条の二第一項に基づく損害

原告らが営業上被った損害は右(一)と同様である。

6  よって、原告らは、被告に対し、氏名・肖像利用権の侵害、氏名権、肖像権の侵害又は不正競争防止法一条一項一号及び一条の二第一項に基づき、被告商品の製造販売の差止め並びに損害賠償として各損害の内金一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1は認めるが、その余の請求の原因の事実はすべて否認する。

三  被告の主張

1  原告らが主張する氏名・肖像利用権なるものは、原告らが、独占的、排他的に有する権利というようなものではないから、原告らの氏名、肖像を商品に表示して使用する者に対し、その差止めや損害賠償の支払いを請求できるような権利ではない。

すなわち、商品に使用された原告らの氏名、肖像が顧客吸引力を有し、その利用が財産的利益を伴うからといって、それが直ちに原告らの財産の利用といえるわけではない。例えば、穂高連山や奈良の大仏の似絵又は写真を表示したシャツなどは、いずれも似絵又は写真によって顧客吸引力があるが、穂高連山や奈良の大仏の所有者が当然に表示者に対して利用許諾料を請求する権利があるとはいえないのと同様である。また、原告らが、他人による商品への表示を一般的に禁止できるような権利を有していることにもならない。被告商品のように原告らの氏名、肖像を商品に表示してあることは、原告ら自身の実演や原告の主張するテレビ番組の宣伝の意味もあるのであって、むしろ、原告らの営業的利益に適うものとして、包括的に許諾され、希望されているものとみなされるのである。他人による氏名、肖像の表示が、特に本人の承諾を要するのは、氏名、肖像の表示が当該商品を保証ないし推奨しているかのように解される態様のものであるなど、表示自体から表示者固有の営業的目的が推認される場合に限られるべきである。被告商品は、原告らの氏名、肖像が表示されてはいるが、商品の宣伝広告はされていないし、保証、推奨等の関係もなく、単に、原告らの実演写真の複製物としての意義をもつものであるにすぎない。更に、原告らがフジテレビの許諾事業に協力する利用者から契約によって許諾料と称する金銭の任意支払いを受けている事実があるからといって、契約していないすべての利用者に対し、許諾料又はそれに代る損害賠償の支払いを強制できることにもならない。

仮に、原告らが、その主張するところの氏名・肖像利用権を有しているとしても、被告商品について原告らの許諾を得る義務を負うのは、その製造業者であり、被告は、その卸売業者であるから、被告商品に原告らの氏名、肖像を表示したこともないし、原告らに許諾を得る義務を負ったこともない。

2  原告らの人格権としての氏名権、肖像権に基づく主張も理由がない。一般的に、人格権としての氏名権、肖像権というものが存在するとしても、原告らのように、自らスタータレントであると称している者の場合には、自己の氏名や肖像が広く公衆の前に公開されることを、その名声を高めるものとして、包括的に許諾し、むしろ、希望していると解され、その氏名や肖像がスタータレントとしての名声、評価、印象を毀損又は低下させるような態様で使用されるなどの特別の場合を除いては、権利として保護されることはないものというべきであり、本件で原告らが主張する被告の行為は、右の特別の場合のようなものではないからである。

3  原告らの不正競争防止法一条一項一号の適用をいう点は、主張自体失当である。原告らの氏名、肖像を表示した商品は、これを製造販売するなどの商品取扱業務に従事する原告ら以外の者の商品であって、原告らの商品たることを示す表示を使用した商品ではない。例えば、原告新田恵利の氏名と演技中の肖像が表示されたカレンダーを見ても、誰も、それが同原告の製造販売に係る商品であるとは思わないということである。したがって、混同の余地もないものである。

4  原告らの請求は、次のとおり、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)に違反する。

(一) 原告らが、請求の原因3(三)、5(一)で主張している事実からも明らかなように、原告ら、原告らの氏名・肖像利用権を代理行使する各所属プロダクション、その利用許諾代行業者であるフジテレビ及び被告は、いずれも独占禁止法二条一項にいう事業者である。また、原告以外のいわゆるアイドルタレント、例えば、少年隊、チェッカーズ、中森明菜は、それぞれ訴外ジャニーズ事務所、スリースタープロダクション、株式会社研音といった芸能プロダクション(以下これらを「訴外プロダクション」という。)に所属している。この訴外プロダクションも、同様に、右法条にいう事業者である。ところで、昭和六一年六月三日、原告らのようないわゆるアイドルタレントが所属する芸能プロダクション、原告らのいう被許諾業者などによって、この種の商品のいわゆる許諾制の全国的、一般的実施のための調査、資料収集、監視、無許諾商品の製造販売の摘発、警告、告訴準備等を目的として、「肖像パブリシティ権擁護監視機構」(以下「監視機構」という。)が設立されたが、この監視機構は、独占禁止法二条二項にいう事業者団体である。

(二) 原告らは、各所属プロダクションを通じ、フジテレビ、訴外プロダクション及び監視機構と共同し、被告及び被告商品と同種の商品の製造販売業者に対し、その取扱数量のいかんを問わず、最低保証使用料以上の金銭を支払わない限り、商品の製造販売を一切禁止し、保有する同種商品を廃棄させ、損害賠償の支払いを求めるという請求をしているものである。かかる請求が認められるならば、被告及び被告商品と同種商品の製造販売をしている業者は、その事業活動を廃止させられるか、又は許諾商品の市場不適合性、商品価格の高騰等のために顧客を失い、大部分が倒産して一〇〇億円市場を崩壊させられ、ひいては、広範な需要者、消費者の利益を害することが確実に予測される。したがって、原告らが被告及び被告商品と同種商品の製造販売をしている業者の事業活動を排除し又は支配することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる。したがって、原告らの請求は、独占禁止法三条の禁止する私的独占に該当する。

(三) 原告ら及びその各所属プロダクションを含む前記(一)の各事業者は、それぞれ競争関係にあるが、相互に共同して、原告らを含むいわゆるアイドルタレントの氏名、肖像を表示するカレンダー商品の製造販売業者すべてに対し、その取扱い数量のいかんを問わず、最低保証使用料を支払わない限り、右商品の一切の製造販売を許さないこととして、これに反する業者を全面的に補足する活動をしており、本件請求もかかる活動の一環として行われているものである。もし、これを認めるとすれば、原告らが、各自、正当な理由がないのに、自己と競争関係にある他の事業者と共同して、ある事業者に対して取引を拒絶し、又は取引に係る商品の数量若しくは内容を制限することになる。これは、不公正な取引方法として、独占禁止法一九条、二条九項一号に違反する。

(四) 原告らが、独占的に排他的氏名・肖像利用権を有するとすれば、この種商品の製造販売業者に対し、取引上優越的な地位を有することになるのであって、本件の請求が認められるならば、原告らは、被告に対し、かかる優越的な地位を利用して、一般の無体財産権の使用料に関する正常な商慣習(取扱高に比例した金額など)に照らして不当に不利益となるような取引条件を設定したことになる。これは、独占禁止法一九条、二条九項五号に違反する。

(五) 本件は、事業者団体である監視機構によって、一定の取引分野における競争の実質的な制限のために、また、監視機構が事業者に行わせている不公正な取引方法に該当する行為のために、必要かつ有利なものとして訴求されたものであるから、独占禁止法八条一項一号及び五号に違反する。

四  被告の主張に対する原告らの認否

被告の主張はすべて争う。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一  請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  〈証拠〉によれば、訴外株式会社タクトは、昭和六一年九月二〇日ころ、カレンダー等の卸売を業としている被告から、原告新田恵利の氏名及びその肖像写真が表示してあるカレンダー一〇〇部、原告國生さゆりの同様のカレンダー(ただし、氏名の表示は「国生さゆり」)一〇〇部、秋元麻巳子の同様のカレンダー(ただし、氏名の表示は、同原告の当時の氏名であり、現在の芸名である「高井麻巳子」というもの)二〇〇部、原告渡辺美奈代の同様のカレンダー二〇〇部、原告渡辺満里奈の同様のカレンダー一五〇部を、一部当たり定価を一二〇〇円とするものとして、六〇〇円で買い受けた事実が認められる。右認定の事実によれば、請求の原因2のうち、被告が被告商品を右の限度で販売した事実を認めることができる。しかしながら、被告が被告商品を右認定以上に販売した事実及び被告商品を製造した事実については、これを認めるに足りる証拠はない。

また、〈証拠〉を総合すれば、被告は、被告商品を販売することについて、必ずしも、予め原告らの承諾を得る必要があるとは思っていないこと、今後も需要があれば、被告商品を販売する可能性があることが認められる。そうすると、被告は、将来も被告商品を原告らの承諾を得ることなく販売するおそれがあるものと認められる。

三  そこで、原告らの被告に対する被告商品の販売行為の差止請求権の存否について判断する。

人は、自己の氏名、肖像を、自己の意思に反してみだりに使用されないことについて、法律上保護される人格的な利益を有しているものと解するのが相当である。もっとも、他人の氏名、肖像が使用される方法、目的、態様等が社会的、公益的な観点から相当であると認められる限りにおいては、その使用行為が違法な侵害と見ることが相当でない場合も存し、また、原告らのような芸能人の場合には、通常、その氏名、肖像が広く社会に公開されることを希望あるいは意欲しているのが一般的であると解されるから、その意味で、他の一般人とは、保護されるべき利益の範囲や程度に差異が生ずることもありうる。

ところで、右二で認定した事実によれば、被告の行為は、被告が、原告らの氏名及び肖像写真を表示したカレンダーを販売したというものであって、ここで原告らの氏名、肖像は、商品自体の重要な構成部分とされ、それがいわば売買取引の対象物にされているものと認められる。このような方法、態様による氏名、肖像の使用行為は、原告らのような立場のものであっても、到底承諾が推定されるものとはいえず、他の観点からも違法性を欠く相当な行為であると認めることは困難である。そして、かかる人格的な利益は、原告ら各自固有の排他的なものであるから、これを害する行為に対する差止請求及び差止めを実効あらしめるため、右行為を組成する物の廃棄請求が認められるべきである。

そうすると、原告らの主張する氏名・肖像利用権及び不正競争防止法一条一項一号に基づく差止請求権の存否について判断するまでもなく、請求の原因4の請求は、製造行為の差止めを求める点を除いて理由がある。この点に関する被告の主張2は、前説示に照らし、採用することができない。

四  次に、原告らは、請求の原因3の各権利侵害等に基づき、少なくとも一〇〇万円の損害を加えられたとして、被告に対し、選択的に、各損害のうちそれぞれ一〇〇万円の支払いを求める旨主張するので、この点について判断する。

1  氏名・肖像利用権侵害に基づく損害について

前記争いのない請求の原因1の事実及び〈証拠〉によれば、原告らは、昭和六〇年から同六一年にかけて、全国の中学生、高校生を中心とする若年層に広い人気を得ることとなり、文房具、カレンダー、ポスター、衣料品等各種商品の製造販売業者から、その氏名、肖像を右の各商品に表示して使用する需要が起こり、これら業者によって製造販売された商品は、原告らのいわゆるファンによって、広く購入されることになった事実が認められる。右認定の事実によれば、原告らの氏名、肖像は、商品に表示して使用されることにより、高い顧客吸引力を持つに至ったと認められ、その意味で、原告らの氏名、肖像は、それ自体が、経済的な利益を生じさせる財産的な価値を含むものとなったと認められる。そして、右の財産的な価値は、原告らの氏名、肖像という原告ら各自の固有の属性に含まれるものであるから、原告ら各自に属するものである。したがって、このような原告らに属する財産的な価値を無断で使用する行為は、民法上の不法行為を構成するものということができる。そして、前記二で認定した被告の行為は、少なくとも過失によって行われたものであるから、被告は、原告らがこれによって被った損害を賠償すべき責任がある。

ところで、損害に関する原告らの請求の原因5(一)の主張は、原告らから委託を受けた各所属プロダクションの再委託先であるフジテレビが、通常の許諾契約を締結した場合に、原告らは、被許諾業者から、商品の現実の販売数量のいかんを問わず、最低五万部が販売されたものとして、その数量を固定し、これに基づいて算出した金額の支払いを受けることができるのであるから、これと同様の基準によって算出した金銭の額が原告らの被った損害であると主張するものである。そこで、かかる主張の当否を審案するに、〈証拠〉によれば、(1)フジテレビは、昭和六一年八月一日、訴外株式会社スイッチ・コーポレーションとの間で、同訴外会社が製造販売するカードラジオ、ビーチタオル、ティーシャツその他一二品目の商品(カレンダーは含まれていない。)について、おニャン子クラブの名称、氏名、肖像を使用することを許諾する旨、右の各商品ごとに最低責任生産数量及び小売価格が定められ、同訴外会社は、フジテレビに対し、右の小売価格に最低責任生産数量を掛けた金額の一〇パーセントを現金で支払う旨等を内容とする契約を締結した、(2)フジテレビは、前記争いのない請求の原因1の事実のとおり、原告らが、フジテレビのテレビ番組「夕やけニャンニャン」に出演することによって、テレビタレントとして知られるようになったことから、原告らの氏名や実演写真等を含む肖像写真が使用されているカレンダーは、右番組の宣伝という側面でも大きな意味がある商品であることから、原告らの氏名、肖像を使用する商品のうち、特にカレンダーについては、業者に対し、これを製造販売することの許諾をしない商品とし、フジテレビ自らが独占的にこれを製造し、販売業者に卸すという取扱いにした、(3)フジテレビは、右(2)のカレンダーを一部一二〇〇円で販売し、この単価に現実の売上数量を掛けた金額の一パーセントに相当する金額を原告らに対して支払っていた、以上の事実が認められる。右認定の事実によれば、原告らは、カレンダーについては、被許諾業者から最低責任数量に基づいて算出した金額の支払いを受けていたものではなく、現実に販売された数量に基づいて算出した金額の支払いを受けていたものである。そうすると、原告ら主張の基準によって算出した金額が、事案によっては、民法七〇九条に基づく損害の算定の基準になりうるとしても、本件においては、被告商品がカレンダーである以上、右基準によって損害額を算定するのは相当ではなく、他に原告ら主張の基準によって損害を算定することが相当であると認めるに足りる証拠はない。そして、被告が販売した被告商品は、前記二認定のとおりであって、右認定の数量を超える被告商品が販売されたことを認めうる証拠はない。したがって、被告が現実に販売した商品の数量を基準として損害を算定すべきであるところ、右認定の事実によれば、原告らは、フジテレビから、カレンダーの定価の一パーセントに相当する金額の支払いを受けていたのであるから、前記二認定の販売数量、定価に基づいて計算すると、原告らの得べかりし利益は、原告新田恵利及び同國生さゆりが各一二〇〇円、同秋元麻巳子及び同渡辺美奈代が各二四〇〇円、同渡辺満里奈が一八〇〇円であることが認められる。

2  不正競争防止法一条一項一号及び一条の二第一項に基づく損害について

仮に被告の行為が右法条に該当する不法行為を構成するものであるとしても、その損害の額は、原告らの主張及び右1の認定事実に照らし、右1のとおりであると認められる。

3  人格的利益の侵害に基づく損害について

原告らの人格的利益の侵害についての慰謝料の額は、以上の認定判断を総合すると、原告らそれぞれについて、一〇万円と認めるのが相当である。

4  そうすると、原告らの損害の額は、原告らの主張の趣旨に照らし、最も高額である右3の人格的利益の侵害に基づく損害の額を採用すべきである。

この点に関する被告の主張1は、右の認定判断に照らし、採用の限りでない。

五  被告は、原告らは独占禁止法二条一項の事業者であるとし、原告らの本訴請求は、独占禁止法に違反するものであると主張するが、右四までに判断したとおり、原告らは、自己の氏名、肖像に関する人格的利益及び財産的利益を有しているものであり、その氏名、肖像を使用して営業活動する者に対して、その使用を許諾しうる者であるに過ぎない。そうすると、原告らは、独占禁止法二条一項にいう事業者とはいえないのであるから、被告の右主張は、前提を欠くことになり、理由がないものといわざるをえない。

六  よって、原告らの本訴請求は、被告商品の販売の差止め、被告の所有する被告商品の廃棄、損害賠償のうち、各一〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六一年一〇月八日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるから、これを認容し、その余の請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項、仮執行及びその免脱の宣言について同法一九六条一項、三項の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 若林辰繁 裁判長裁判官 房村精一は転官のため、裁判官 三村量一は海外出張中のため、署名押印することができない。裁判官 若林辰繁)

別紙〈省略〉

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